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「中島さんランスへの旅」 吉田光司
中島康晴さん、04年ロッシーニ・オペラフェスティヴァル ジョーヴァニ公演《ランスへの旅》出演
中島康晴さんが、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(以下ROFと略)に出演するらしい、との情報が耳に入ったのは、たしか7月中旬のこと。旅の準備が遅い私でも、宿や行程もおおよそ決まったという頃でした。
中島さんが出演するのは、ROFのアッカデーミア参加者を対象としたジョーヴァニ(若者)公演の《ランスへの旅》です。今年で4年目で、毎年若い逸材が登場しています。単にゼッダらの指導を受けてロッシーニのオペラを舞台で歌うというばかりでなく、この公演で才能を認められた人たちはその後世界で活躍するという、スター歌手への登竜門でもあります。
公演は8月11日と14日と二回予定されていました。幸いなことに私はどちらの公演も見る予定にしていました。
中島さんは2回目の公演でロシア男リーベンスコフ伯爵を歌うことになりました。
あまり多くは申しませんが、実は2004年の《ランスへの旅》は、全体に水準が低くてあまり楽しめるものではありませんでした。ことに女声はかなり問題のある人が多く、1回目の公演は全く落胆する程度の出来でした。
これは第2回の公演でも大きくは変わらず、結果として中島さん以外の歌手にはさほど関心が向かなかったことを予め申し上げておきます。ですので、公演評というかたちではなく、あくまで中島さんの歌の感想として綴ることにいたします。
リーベンスコフの出番はいくつかの場所に飛び飛びで置かれています。はじめに登場するのは、第3番の六重唱。ポーランドのメリベーア侯爵夫人に恋するリーベンスコフは、彼女がスペイン男ドン・アルヴァーロと一緒にいるところを目撃して「ひどい女だ Donna ingrata」と怒りの独白を始めます。この第一声から、中島さんの発声の成熟度が、他の歌手と比べて、飛び抜けて上なのは瞭然でした。ジョーヴァニ公演といっても、中島さん以外の歌手は30代前半という人ばかりで、実は、中島さんは最年少なのです。それでも、実力の桁が違う、としか言い様がありませんでした。
出だしからリーベンスコフの歌は高難易度です。Gからオクターヴより上のBbに軽く跳躍、十六分音符で上がるは下がるは、そしてAフラットから高いC音にジャンプ。この最初の22小節の出番で、リーベンスコフを歌う歌手の力量は完璧にはかれてしまうでしょう。中島さんは太くまっすぐな声で至難な高音や入組んだパッセージに堂々と向かっていき、その武者っぷりには胸がすく思いでした。
聞きながらも、メリベーアとの二重唱に期待が高まってなりませんでした。
その第8番の二重唱、リーベンスコフの最大の見せ場です。
メリベーア役はAnna Tobella Pricep。良い響きの声を持ったメッゾですが、技術的には抜きん出ているほどでもなく、華も今一つ欠けます。ただ丁寧に歌ってくれています。
二重唱はまずシェーナで始まります。その終わり近く、「あなたの足元で、慈悲と許しを請います Eccomi ai vostri pie' Pieta' Perdono」という一行の台詞、そのなかの3つの部分を、それぞれに微妙に表現を変え、リーベンスコフの苦しい胸の内を明かしているのに感心させられました。
Allegro moderatoの音楽が始まって早々、リーベンスコフにはやっかいな装飾句があります。「清らかな炎 pura face」という言葉faceのa母音だけに30個くらいの音符が与えられていて、しかもその中に高いBナチュラル音が三回出てくるのです。中島さん、最初のB音を確かめるようにやや長めに歌うと、そのあとの音形は一気にコロコロと、見事にまわしていました。このあとメリベーアが同じ音楽で歌いますが、彼女の方が装飾処理はむしろ甘めでした。
続く「私の分別ない熱情で、平安を乱してしまった turbar osai la pace con insensato ardor」を繰返す箇所、記譜のA音を上げて高いC音にし、しかも長めに引っ張っていました。これは見事に決まり、パラフェスティヴァルに響かせていました。
10小節のオーケストラの間奏部分で、リーベンスコフはメリベーアに熱く口付けします。このキスシーンがまだちょっとぎこちなくて、ここだけは、ああまだ若い歌手なんだ、と思わされました。
音楽が変ホ長調、3/4、Andantinoに変わります。ここは、G音から4度跳躍して高いC音を出す箇所が二回あります。一回目はバシッと当てた力強いC音。二回目は、間の休符を外してG-Cの二音をつなぎ、軽くタッチをするようなC音。何やら自分の可能性を試しているかのようでした。
この箇所は、なにもC音だけが問題ではなく、あちこち難しいフレーズばかりです。
例えば、「不安に胸が鼓動する di timore mi batte il cor」という言葉で、G音からBフラット音までの1オクターブとちょっとを上昇するのですが、ここには八分音符を三つに割った三連符がゴチャッと連なり、しかもメリベーアと並行して上昇するので、至難極まりなしです。中島さんはここをワンブレスで歌い、そのあとのBb-G-Bb-Gという高い音域でも全く余裕、響きが豊潤なままというのがさすがでした。
このアンダンティーノの部分は、最後にまた胸 sen という一言にやはり30個ほどの音符がつけられた装飾句があるのですが、もはやハラハラして見守る必要もなく、磐石です。
ハ長調、2/7、Allegroのウキウキした音楽に変わります。「かつて味わったことがない no, non ho provato ancor」という箇所では、急速な16分音符が続き、なおかつ高いC音に届きます。ここも難なくクリア。そして小休止を置いて音楽が戻ると、ここからが中島さんの本領発揮。彼はここぞとばかりに難しいヴァリアンテを入れ、記譜にない高いC音も加えて、猛然とロッシーニの音楽に突っ込んで行ったのです。自然、メリベーアも指揮者もヒートアップし、二度目の no, non ho provato ancor の時にはテンポも上がってしまい、ここでも難しい装飾を入れている中島さんの歌は、まさしく火花の散るよう。圧倒的でした
もう一つの短い聞かせどころ、フィナーレでの「ロシア賛歌 Inno Russo」でも、高いC音や意地悪なほどに音の高低の動きが大きくて歌いづらいフレーズを堂々きっさばいていました。
これが初めてリーベンスコフを歌った人の歌なんでしょうか。しかも少し前までヴェルディの《ナブッコ》のイズマエーレなんていう重めの役を歌ったばかりで、完全にロッシーニに調整できていたわけではなかったのに。
これで万全で臨んだらどうなることやら!
…と思っていたら、さすが目ざといのはドイツ。フランクフルトのオペラが彼をリーベンスコフに招いたということです。こちらではさらに一皮二皮向けた、ロッシーニテナー、中島康晴が聞けることでしょう。
お疲れ様でした!
公演後、ほんの少しだけ立ち話ができました。ご本人は「ようやくロッシーニ・テノールとしてデビューした」と、謙遜気味に、うれしそうに話されていました。中島さんの思い浮かべる目標はもちろんまだまだ高いのです。きっと数年のうちにさらに飛躍することでしょう。
この10年から20年というもの、綺羅星のごとくロッシーニ・テノールが輩出しています。しかし、軽やかなロッシーニ・テノールは多数いれども、オテッロを歌えるような力強くたくましいロッシーニ・テノールは払底している状態です。中島さんが歌ったらどうだろう、と思わず想いを巡らせてしまいました。
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